INシンガポール★不妊治療⇨高齢出産⇨子育てinシンガポール

37歳:不妊治療開始。38歳:出産。39歳:突如として決まった夫の海外赴任に帯同し、1歳児を連れて家族でシンガポールへ。英語が話せない日本人の海外生活。

大泣き、、決意!

Hi‼︎ここぱんだです。

今日はなんと雪!!

暖かくなってきたと思ったら

一気に冬にもどりましたね。

またここから暖かくなりそうですが。

体調崩されないよう気をつけてください!

 

マタニティブルー!?

突然の大泣き

退院した翌日、

朝起きて隣で寝ているJのおでこに手を置き

熱がないことを確認して安堵。

Jからも『大丈夫』

という言葉を聞きホッとする。

しばらくベッドでゴロゴロしながら

親から勧められた宅配弁当を調べていたら

急に腹痛が。。

やはり夜から朝にかけてはまだ痛みが…

痛みに苦しむ私に気付き、

Jがお腹をさすってくれる。

その瞬間、

突然糸が切れたかのように

涙が溢れてきました。

昨日はこっそり涙を流していたけど

今日は止められない。

何年ぶりかと思うほどの

しゃくりあげる泣き方。

咄嗟にJに背を向け見えないようにしましたが

体は震え、自分ではもはや制御不能

突然のことに驚くJ。

だけど、私を落ち着かせるため

お腹をさすりながら

『大丈夫だよ』と

優しく包み込んでくれました。

 

10分ほど経ってようやくしゃべれるように。

それでも私は

痛い、不安、怖い、申し訳ない

自分でどうしたらいいかわからない、

ただ単語を並べることしかできませんでした。

 

Jは

『ごめん。ストレスかけて。』

と謝ってくれましたが、

Jが謝ることはない。

全ては私の弱さが引き起こしていること。

Jは常に寄り添ってくれ

私の入院中も仕事しながら

いろいろと私のために動いてくれました。

それを忘れているわけではないけれど

ちょっとしたことで不安になってしまう自分。

私が泣いてしまったことで

さらにJに負担かけて…

なにやってんだろう。

これがマタニティブルーというやつでしょうか。

初めての入院。

退院しても続く

筋腫との共存。

自分でも知らない間に

気が張っていたのかもしれません。

 

その後も私は、

泣いてしまったことに対して

ごめん

としか言えませんでした。

そんな私をJは

ずっと優しく包み込んでくれました。

 

 

翌日、昼食の買い出しから戻ってきたJが

かわいいお花を買ってきてくれました。

『退院のお祝いで買ってきたよ』

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気持ちがスッと軽くなるのがわかりました。

 

Jという人柄に惚れ

私は、

この人だ

この人と一緒に生きていきたい

この人との子どもが欲しい

と思って結婚しました。

今さら何を不安に思うことがあるだろう。

当たり前のように幸せに暮らせている毎日は

当たり前ではないこと。

Jが築き上げてきたもの。

私も一緒に築き上げていくもの。

これから長い年月過ごす中で

いろんなことにぶつかると思うけど

私は自分が愛するJを信じ

自分を信じ

生まれてくる我が子と

家族みんなで

どんな壁でも乗り越えていこうと

心から思いました。